東京高等裁判所 昭和53年(う)1564号 判決 1981年4月01日
本店所在地
東京都葛飾区堀切五丁目五番三号
三共商事株式会社
右代表者代表取締役
高野忠雄
本籍
東京都葛飾区青戸五丁目一五一番地
住居
同都同区青戸五丁目一三番一〇号
会社役員
高野忠雄
大正一二年二月二八日生
右両名に対する法人税法違反被告事件について、昭和五三年五月一九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、両名の原審弁護人から各控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官河野博出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人井上正治作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり(ただし、弁護人は、控訴趣意第四は憲法違反を主張する趣旨ではない旨釈明した。)、これに対する答弁は、検察官鈴木薫作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意第一から第三まで(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、原判決は、被告人三共商事株式会社(以下被告会社という。)の原判示事業年度における実際所得を構成する益金として、被告会社が他二名との共同事業として東京都足立区中川一丁目のマンション建設用の宅地及び払下公道(以下本件土地という。)を売却したことによる受取分配金をも計上しているけれども、本件土地の売買契約は、本件土地の南西隣りにある足立区中川一丁目一八四番六、同番八、一九〇番四の三筆の土地(原判示「赤ワク部分」の土地、以下本件隣接地という。)に関する売買契約の不成立を解除条件としているものであるところ、原判示事業年度内には右条件の成否が確定しなかったのであるから、本件土地の売却代金とされている金員は、仮受金の性格をもち、その分配金は右事業年度の所得とはならないものであるのに、これを同事業年度の所得と認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
そこで、記録及び証拠物を調査して検討すると、関係証拠によれば、被告会社は、吉田三郎及び株式会社平澤(代表取締役平澤大衛)との共同事業契約に基づき、共同事業の業務執行を担当し、右共同事業として、他から購入していた本件土地(実測五六一七・四四平方メートル)を昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度内である同年五月七日株式会社山善に売却する契約を締結し、その代金総額四億七五七九万八四〇〇円の内金二億円(手付金一〇四八万〇三二〇円を含む。)を則日受領し、同月九日本件土地全部について同会社のため所有権移転登記の手続を了し、同年七月三一日本件土地全部を同会社に引渡すと同時に残代金及びこれに対する契約日から同日までの八五日分の利息金五六二万六二八七円の支払を受け、ここに共同事業を完了したものとして、共同事業の清算に伴う分担金を同日株式会社平澤に、同年八月六日吉田三郎に支払った後、その残金を自己受取分配金及び受取仲介手数料として取得したことが認められ、また、本件隣接地三八二・六三平方メートル(約一一五、九五坪)は、本件土地にマンションを建設するために建築基準法上必要とする西側道路拡幅の南方延長線上の土地を含んでいることから、被告会社において一旦他に売却していたものを昭和四八年三月単独で買い戻したものであるが、株式会社山善としては、道路提供用地に必要とするのは、右西側道路延長線に該当する西端約一五坪だけであるため、本件土地売買契約の後、被告会社に前記道路提供用地に必要な約一五坪だけの買受を申し込んだのに対し、被告会社は、本件隣接地全部の買取方を求め、株式会社山善と折衝の末、結局昭和四九年三月三一日本件隣接地全部の売却に成功したことが認められる。
ところで、被告人兼被告会社代表者高野忠雄及び原審証人千葉一夫は、原審公判廷において所論と同旨の供述またはこれに照応する供述をしている。所論のうち、株式会社山善が本件土地を取得したのは、そこにマンションを建設するためであり、それに必要な本件隣接地のうち前記道路提供用地を取得できないときは、本件土地取得の意義が失われ兼ねないという点は所論のとおりであって、本件土地と本件隣接地が経済的に密接な関係にあることは首肯できるところである。しかし、本件土地の売買契約書には、所論の趣旨の解除条件が付されていることを窺わしめる条項が全くないばかりでなく、関係証拠によれば、本件土地の売買契約を直接担当した者の間において口頭によって右の趣旨を明示的に意思表示した事実もないことが認められる。しかも、本件土地売買契約に所論の解除条件を付することは、当然本件隣接地の売買契約の成否が本件土地売買契約の効力を左右することとなるのに、右隣接地の売買契約の成否未定の間に何等の留保や保証もないまま、高額の代金全額を支払い、かつ本件土地すべてについての所有権移転本登記及び引渡を終了する等契約の履行を完了したことや、株式会社山善が契約上の残代金支払期日までの八五日間における年利八分七厘強にあたる利息を支払ったことは極めて不自然である。また、所論の解除条件は、本件土地の売買契約自体の効力を、本件隣接地の単独所有者である被告会社及びその買受予定者である株式会社山善の意思のみにかからしめるものであるが、このように、場合によっては、前記二者との共同事業に属する本件土地売買契約を失効させ、すでに支払済の利益金を含む分配金を右共同事業者である吉田三郎及び株式会社平澤から返還させねばならない事態を生ぜしめる条件であるのに、被告会社は、この点について他の共同事業者の了解を得た形跡がないのみならず、吉田らに対し共同事業完了の事業明細表に基づき利益分配をしているのである。さらに、被告会社は、実際上仲介役をしたマンション設計担当の建築会社社長千葉一夫に手数料一二七四万四五〇〇円を支払っているが、被告人高野の原審公判廷における供述その他関係証拠によれば、その支払が所論条件の成否未定の昭和四八年八月一〇日の段階でなされていることが認められる。このような諸点は、本件土地の売買が本件隣接地の売買から独立したものであることを窺わせるものであって、右のような現実の事態に符合しない被告人高野及び原審証人千葉一夫の右認定に反する各供述は措信できず、本件土地売買契約には所論のような解除条件は付されていなかったものと認めざるを得ないのであって、原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。
控訴趣意第四(事実誤認及び法令適用の誤りの主張)について
所論は、原判決は、仮に本件土地売買契約が解除条件付であるとしても、被告会社では原判示事業年度内に本件土地の引渡を行い、代金金額に相当する金員を取得して、これを自己の所有として自由に処分することのできる状態になっていたのであるから、税法の見地からは、被告会社の収益が実現されたものとみるのが相当である旨判示するけれども、原判決が右のようにすでに収益が実現されたとみるのは、事実の誤認であるとともに、いわゆる権利確定主義に関する解釈を誤ったものであり、これらの過誤は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
そこで検討すると、原判決の右判示は、本件土地売買契約が解除条件付であるとの弁護人の主張を前提としても、本件においては結論に変りがない旨を予備的に言及しているものと理解できるところ、前記認定の事実関係によれば、原判決が原判示の理由から本件土地の引渡により被告会社の収益が実現されたとみるべきであるとしたのは、相当であって、右認定に事実の誤認はなく、その法令の解釈適用にも誤りはなく(最高裁第二小法廷昭和五三年二月二四日判決、民集三二巻一号四三頁参照)、被告会社の共同事業完了に伴う前記分配金(昭和四七年度分に帰属すべきものを除く)は、原判示事業年度の益金に計上すべきことにかわりはないから、原判示は正当であり、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 堀江一夫 裁判官 杉山英已 裁判官 浜井一夫)
○控訴趣意書
被告人 三共商事株式会社
同 高野忠雄
法人税法違反被告事件(昭和五三年(う)第一五六四号)
昭和五三年八月二一日
右弁護人
井上正治
東京高等裁判所
第一刑事部 御中
記
第一 いわゆる赤ワク部分の取得について原判決には事実誤認がある。
一 弁八号証赤ワク部分の取得は本件土地売買契約の条件をなしていたものかどうか、は本件において、被告人らの法人税法違反の刑事責任を検討するうえにきわめて重要な問題である。そのことは、すでに、原審においてその弁論の中で強く指摘しておいたつもりである。しかるに、原判決は、この点につき、「赤ワク部分の土地売買契約と、本件土地の売買契約とは別個のものであって、赤ワク部分の土地の取得が本件土地にかかる売買契約につき何らの条件をなしていなかったものと認めるのが相当である。」(一六丁裏)と認定した。
その理由として、原判決は次のとおり説示する。しかし、その認定には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある(刑訴法第三八二条)ものといわなくてはならず、原判決を引用しつつ、その事実誤認を反論しておく。
二(一) 「昭和四八年五月七日付土地売買契約書中には、肝心の赤ワクの部分の土地につき何らの記載もない」というが、赤ワク部分の売買は本件土地売買契約とは別個になされたから右土地売買契約書には赤ワク部分の土地については何らの記載もなかったのであり、しかし、両者が別個に契約されているからといって、赤ワク部分の売買が本件土地の売買の条件になっていないとは速断できないのである。両者が別個に契約されたのには、次のごとき事情があった。
(二) 「証人千葉一夫の当公判廷における供述によれば、右契約書作成の時には、赤ワク部分の土地は、既に三共商事の手中にあったので、これが他人のものであれば、私は条件に入れろと申し上げたかもしれないが、従って、その当時はもう条件にするという問題点はなかったわけである、赤線部分(赤ワク部分以下同じ)を全部買うか、一五坪だけにするかという問題は今後の話合いにしようということであった旨証言している。」という。しかし、「その当時はもう条件にするという問題点はなかった」というのは、その真意とみるべきところ、本件土地の売買契約書の中にわざわざ特約条項として掲げなくとも、赤ワク部分は「既に三共商事の手中にあったので、」将来両当事者間に争いとなることはなく容易に購入することはでき、ただ、「全部買うか、一五坪だけにするかという問題」はあったが、これは「今後の話合い」でもって簡単に解決できると考えたということであって、だからといって、法律的にみて、赤ワク部分の取得が本件土地の売買契約の締結に当り条件となってはいないということにはならない。それとこれとは別の問題であるはずだが、原判決にはそこに混同がある。
(三) 「山善建設部営業課長友田征進の当公判廷における供述によれば、赤ワク<イ>の部分一五坪を買取りたいと申込んだのは本件部分の後であること、その後、結果的に全部一一五坪を買取ることになったこと、本体部分と赤線部分とは契約そのものが別であること、赤線部分の購入の交渉は本体部分の売買代金の完了の四八年七月末の後であることを各証言している。」という。本体部分と赤線部分とは契約そのものが別であり、赤線部分の購入は本体部分の売買代金の完済後であったとしても、右(二)で述べたごとく、赤ワク部分は「既に三共商事の手中にあったので、」山善は本体部分の契約の後であっても、容易に購入できると考えていたとみるべきである。それ故、「赤ワク<イ>の部分一五坪を買取りたいと申込んだのは本体部分の後」であったということも別に不思議なことではなく、右(一)に述べたように、両者の契約が別になされていても、赤ワク部分の売買は本件土地の売買の条件ではなかったとはいえないのである。
(四) 「赤ワク部分につき昭和四九年一月一一日付で買付の依頼がなされていること、赤ワク部分の土地売買契約書は、本件土地の売買契約書とは別の書面で契約され、日時も異にし昭和四九年三月三一日付である」という。かりに事実はそうであったとしても、すでに述べたごとく、赤ワク部分の取得が本件土地の売買契約の条件となってはいないといえないところであるが、のみならず、株式会社サンライフに当てた買付依頼書が昭和四九年一月一一日であったのは、依然として、一五坪買うか一一五坪買うかが結論に達せず、ついにここにおいて山善は一五坪買えとはっきり態度を表示するため買付依頼書を出したということである。それが昭和四九年一月一一日であった。それまで一五坪か一一五坪かの争いは尾を引いて来たのであって、すでに赤ワク部分は三共商事の手中にあるにはあったが、この部分の取引は面倒となったのである。その限り、当事者の当初の予定とはくい違った。両者の売買契約書は別であり日時も異にする、といっても、右(一)にみたごとく、両者は別に契約されているのでそうなっただけのことであって、だからといって、くり返えし述べるごとく、赤ワク部分の取引が本件土地の売買の条件となっていないとはいえないのである。
むしろ、本件の事実関係は次のごとくみるべきである。
第二 本件の事実関係は次のごときものである。
一 弁第八号証赤ワク部分の取得は、株式会社山善においては、絶対の条件となっていた。同社はマンション建設のため本体の部分を取得しようとしたものであり、それには建築基準法の定めるところから本体部分にそって六メートルの道路部分が必要であって、そのため、交換された公道を六メートルに拡幅し、次いで一・八メートルの農道をまた六メートルに、そしてこの両者を結ぶに必要な右赤ワク部分を取得して、その全体を六メートルの道路に拡幅する必要があった。ただ、右赤ワク部分の<イ>及び<ロ>のうち、右山善は、道路を六メートルに拡幅するに必要な一五坪(<イ>)だけを被告人三共商事から取得することができるか、或いは被告人三共商事が現に大東開発株式会社より買戻した一一五坪(<イ>及び<ロ>)の全体を買取らなくてはならないか、が被告人三共商事との間で最後まで争われ、昭和四九年一月一一日付右山善のサンライフ株式会社に宛てた物件依頼書によってもまだその期において右山善は一五坪だけの買取りを要求した。かくて、その争いが解決して、右山善が一一五坪の全体を買取ることになったのは昭和四九年三月三一日であり、それ故それまで本件売買は完了しなかったとみなくてはならない。
本件公道取得の登記手続も右山善にあっては右赤ワク部分の一一五坪の所有権移転登記手続と同じ日であり、昭和四九年五月九日付(その原因は同年三月三一日)となっている。この事実は、右公道の取得がたんに公道の取得として意義があるためではなく、それはまさにマンション建設のためであって、それ故マンション建設のための道路部分として不可欠であった右赤ワク部分を取得することができなければ、右公道の取得もなんらの意義を有しなかったことを物語ることとなって、重要である。
二 右のごとく、右山善は本件物件をマンション建設のために購入したのであり、もしマンション建設ができなくなれば本件物件の購入に出ることはなかったのであって、マンション建設という事実は本件売買の重要な要素をなし、それはたんなる動機とみるべきものではない。右山善がマンションを建設するためには入口道路部分の拡幅が是非必要であり、問題は、すでにみたごとく、弁第八号証の赤ワク部分にあった。被告人三共商事としては、すでに売却ずみの右赤ワク部分を買戻して、右山善に売渡すことになっていたのである。昭和四八年二月頃右山善と本件取引が始ったとき、被告人三共商事との間に右のごとくとり極めされていた。
しかし、それが昭和四八年五月七日土地売買契約書の特約事項第一六条にあげられていない点につき、検察官は、入口道路の取引は共同事業ではなく被告人三共商事じたいの取引であるから、共同事業の右契約書にはのるはずがないという趣旨に解しているかにみえる。ところが、被告人三共商事が独自に右赤ワク部分の取引をなしたことには、次のごとき事情があった。
本件の共同事業は、当初被告人三共商事と吉田三郎との間でなされたが、その後被告人三共商事がすでに売却した富士建設株式会社から大部分に本件の物件を含むものを買戻しそれを右山善に売却するにつき、同被告人は主として平沢好雄と共同事業をなすことにして、この限り二つの共同事業が重復してその関係は簡単ではなかったこと、被告人三共商事としては右の赤ワク部分の買戻しはそれほどの資金を要するものではなかったので敢えて共同事業の方法によらなくても単独にてもこれをなすことができたこと、被告人三共商事が右赤ワク部分の買戻しをなしたのは、右山善に対し本件の本体部分を売却するについてまさに必要であったが故にこれをなしたのであって、両者は密接に関連した関係にあることはいうまでもないところである。被告人三共商事は、染谷栄治郎が大東開発株式会社に売却ずみのものを(いまだ登記は移転していなかった)右山善の意を体して昭和四八年三月九日にはすでに買戻していたが、ただ右山善と被告人三共商事との間には同社が買戻した一一五坪の全部を右山善が買入れるか、そのうち六メートル道路の拡幅に必要な一五坪に限って右山善が購入するかに争いがあり、この争いは翌昭和四九年までつづいたのである(昭和四九年一月一一日付で右一五坪に限って買入れようとする物件依頼書が右山善より株式会社サンライフに出されている事実がこれを物語る)。
三 かくて、弁第八号証赤ワク部分の買入契約は昭和四九年三月三一日になった。そして、同年五月九日までその移転登記手続は延引した。それは次の事情による。
被告人三共商事は、この道路部分の取得のため信用組合より融資を受け、本件物件に極度額三八八〇万円の根抵当権を設定していた。同被告人としては、右山善の右債務の引受を必要としたが、右組合としては右山善に融資できない事情があって、その移転登記手続は右五月九日まで延引したのである。被告人三共商事が右山善振出しの手形に裏書することで解決する。
四 検察官の提出に係る「質問てん末書」では、被告人高野は、本件取引は昭和四八年七月三一日(代金の支払いは同年五月七日と同七月三一日)に終了し、後は、公道部分を取得して移転する一方的義務だけが残ったと陳述している。
不動産取引において、代金支払いと登記移転が別の期日であるとき、いつ所有権が移ったとみるべきかは一つの問題である。本件取引はいつ終了したかの問題は、純粋に法律問題である。右「質問てん末書」で「一方的義務」といわれるものも、民法的には“解除条件付”ということになるのである。
第三 本件売買はいつあったとみるべきか
一 被告人三共商事は、昭和四八年三月九日に右赤ワクの部分を買戻しているにもかかわらず、右山善がそれを取得するのは翌年の昭和四九年三月三一日の売買契約によるのである。その間、おおよそ一年余りの日時を経過した。同被告人は昭和四八年三月九日にこれを買戻した。ただ、さきにもみたごとく、翌年の昭和四九年まで右山善の買入れはもめた。千葉一夫証言によれば、その強いあっせんでやっと解決して、右山善が一一五坪の全部を坪単価四五万円で取得することで解決する。そのもめている間、右山善が一一五坪を買取るか或いは一五坪しか買取らないかは、きわめて微妙な問題であったので、ずるいやり方だったが、右の土地売買契約書の特約事項にはしなかったとまでいうのである。本件宅地にマンション建築を請負うのは鉄建建設株式会社の予定であって、同会社は右山善に代って本件の売買代金四億七〇〇〇万余円を支払っていたのであり、千葉一夫が社長をする株式会社サンライフは右建築の設計を担当する予定であっていずれも右山善が本件物件を購入するにはきわめて大きい利益が見込れていたといわざるを得ない。
二 もし、そこで、右山善がこの道路部分を手に入れることができなかったとすれば、本件の本体についての取引もすべて御破算になるはずであった。だからこそ、昭和四八年七月三一日までにすでに本件取引価額の総額が、被告人三共商事に払い込まれているのである。むしろ、それは前払いのつもりであり(千葉一夫証言では、本件代金を立替えて支払った鉄建建設株式会社に対しその旨話し合っていたという。)、もし被告人三共商事と右山善との間で右道路部分の売買が不成功に終ったときには、かくて、昭和四八年七月三一日に右被告人会社に支払った金四億七五七九万八四〇〇円は、同会社より返還させることになるというのである。そして同会社としてもそれはできた。本件物件は、公道の交換ができて、その坪単価は三三万円くらいにはね上ったからというのである。
三 このようにみてくると、右山善は、すでに昭和四八年七月三一日本件土地売買代金の全額を支払っているが、それにもかかわらず、将来本件道路拡幅部分を取得することができないとするならば、本件売買は解除されることになる。本件取引の経緯は右のごときことになる。
しからば、民法的には、本件売買は解除条件付売買ということにならざるを得ない。
さらに付言すれば、右売買代金は右山善が支払ったものではなく、鉄建建設株式会社が右山善に代って支払った事実のなかにも、右山善との間では、右金四億七〇〇〇万余円の支払いがあった後にまで、弁第八号証の赤ワク部分について、一五坪だけを買取るかその坪単価をいくらにするかが争われつづけた事情があった。
第四 原判決のいう「権利確定主義」について
一 原判決は、くり返えし、税法にいわゆる「権利確定主義」に言及する(一一丁裏二行ないし一二行、一二丁裏八行ないし一三丁表一〇行)。そして、さらに、本件売買が弁護人のいうごとく解除条件付であるとすれば、条件不成就の確定するまでは確定的に金員を取得することにはならないが、しかし、税法上の見地からみれば―これがいわゆる権利確定主義によればと解される―、代金の全額に相当する金員を取得し、土地は自由に処分することができ、「既に収益が実現されたものとみるのが相当である」として、本件は「右七月三一日の時点に属する事業年度の益金として所得を計算すべきである。」という。そして、かりに将来条件が成就したばあいには更正の請求により救済を受けることができるから、不都合は生じないと判示した。
二 原判決はいみじくも認定するごとく、本件は、「当該条件が不成就に確定するまでは、確定的に金員を取得するものとはいえない。」のである。かりに代金の全額に相当する金員を取得していても、それは一種の前払いであり、またかりに本件土地は既に自由に処分できる状態にあったとしても、もし自由に処分すればそのときはじめて本件取引は終るというだけのことであり、だからといって、本件取引が解除条件付ではなかったとはいえない。
となると、本件のごときばあいにまで、原判決のごとく、「既に収益が実現されたものとみるのが相当である」と認定することは、事実の誤認があったものといわざるを得ず(刑訴法第三八二条)、それをもし、税法上のいわゆる権利確定主義により妥当なる結論というのであれば、そこに、権利確定主義(とくにいかなるばあいに税法上にいわれる債権の確定があったとみるべきかについて)なるものの誤解があるというべきである。原判決は、税法の解釈を誤って、そこに、本件にあって、「既に収益が実現されたもの」と認定する誤りがある。
三 のみならず、税法上いわゆる権利確定主義なるものがもし濫用されるならば、それは実に「徴税政策上の技術的見地」(原判決一三丁表三行)のみが優先して、課税の公平に名を藉り、納税者の基本的人権を侵害することになる。将来更正請求の手続があるというだけでは足りない。憲法第二九条、三〇条の趣旨に則し、税法上いわゆる権利確定主義なるものは、厳しく解釈されなくてはならない。